奈良の旅
観音様が出てくる夢を見て、夫との雑談の中でそれを話したら、長谷寺の観音様を見に連れていってもらうことに。どうせ奈良に足を伸ばすなら、春日大社も行こうとなり結局、4泊5日の旅になりました。
単なる夢が現実となっていく面白さ、そしてその現実に意味があったんだと知る面白さ。流れがある。目には見えないけど確かに道があるんだな。
目次
1,春日大社
駅からバスで春日大社に向かったのだけど、近づくにつれて神獣シカさんが道路に普通に佇んでいるのを見かけるようになります。ナチュラルに歩道や車道にいるので、外国からの観光客の方も珍しそうにカメラを向けています。古来、我が茨城の鹿嶋神社から旅立ったシカの子孫たちと言いますが、鹿嶋ではこんなに放し飼いになってないよ~(笑)。行政側の大変さがしのばれますが、めっちゃ可愛いのでどうかこのまま放し飼いにしてほしいと思いました。
コチラがお辞儀をすると、ペコペコとお辞儀を返してくれるシカたち(笑)。外国人観光客の皆さんには『ニホンではシカすら礼儀正しい!』ともっぱらの評判だとか。
とはいえ、発情期の雄シカは気が立っているのか、「おらおらシカ煎餅くれよ!」と引っ張り・頭突き・ときには噛むらしいのでお気を付けください。どんなにつぶらな瞳をしていても油断禁物です。
春日大社に続く公園には、原生林の中と見まごうような大木がたくさん残っていて、とっても美しいです。なぜ私のカメラは広角が撮れないのだー悔しいー
シカと戯れつつ進んでいくと雰囲気のいいお茶屋さんがありました。朝ご飯がまだだったので、お参りより先にお腹を満たすことに。
栗やサツマイモが乗ったお粥や、お抹茶をいただくことができます。庭園には東屋もあり、戸外の神聖な空気とともにいただくと美味しさ倍増!
そうこうしていたら、先ほどまでパラついていた小雨が止んで、陽が差してきました。木々にとって一番かがやくタイミングです。
春日大社のご祭神はタケミカヅチ。天孫降臨の際に、業を煮やしたアマテラスの命を受けオオクニヌシの元へ降りたった武神で、我が鹿嶋神宮のご祭神でもあるので、勝手な親近感があります(笑)。鹿嶋でも春日でも、”荒々しい武神”というエネルギーはそれほど感じないのは、守護神として天界から見守ってくれているからかもしれません。
晴天の境内から、この万燈籠が再現してある藤浪之屋に入ると、目が慣れるまでちょっと異様な雰囲気です。武神タケミカヅチにお参りした歴代の武将が奉納した燈籠の他にも沢山の燈籠が展示されているのだけど、燈籠以外の照明がないので、黄泉の国へ来てしまったかのようなひんやりとした空気を感じます。
本殿では結婚式が行われていました。参拝客にフツーに見られてしまうのはちょっとお気の毒だけど、白い綿帽子の背中はとっても美しかった。
春日大社をあとにして駅までテクテク歩く。奈良漬けを買ったり、ガラス屋さんでブレスレットを買ったりと、これも楽しい時間。でも車移動に慣れた田舎モノのヒザは限界に近づいていて(笑)、途中のカフェ・ド・クリエでひとやすみ。モンブランとアイスティーが美味しかった。このアイスティー、なんだかとっても美味しかったんだけど、何が入っているのか、私の舌が思い出してくれない。マサラ?じゃないよね。
2,石上神宮(いそのかみじんぐう)
移動の沿線にあるので行ってみたくなったという安易な参拝(笑)。最寄り駅が天理駅なので天理教の神社?と勘違いするもそうではないらしい。ご祭神は剣(ツルギ)なんだって。神社事情に疎い私としては、祀られているのが神様ではなくモノやヒトというのが不思議でならないのです。八百万の神を大切にするのが日本神道といことかな。
さっきまで暑いくらいの晴天だったのに、急に暗くなってきて、鳥居をくぐった途端に土砂降りに!次に大神神社に行く予定だったのにもう夕暮れ?と焦りつつ参拝(参拝の意味なし!)、待っていてもらったタクシーに駆け込んだら雨が止むという不思議。
3,大神神社(おおみわじんじゃ)
天理~石上神社~大神神社をタクシー移動、約4千円。ほとんど夜になりかけた大神神社。神社の夜は魔の時間なのでなるべく行かない方がよいと聞きます。ここでも大慌てで参拝するも、こんなの参拝じゃない!明るい時間帯にもう一度ちゃんと出直して来ようと決意する帰り道。
※反省点
最大の反省は寝坊したということ。1日で3カ所回る予定だったのだけど、じっくり見て歩くと時間が足りなくなった。消化不良で参拝したがゆえに、翌日も同じ場所に行く事になって、タクシー代と時間の無駄と言わざるを得ないな。とはいえ急いで回るのは意味がないので2カ所が丁度良いのかも。
奈良の街は、柿が鈴なりになっているのをたくさん見かけました。「柿食えば 鐘がなるなり法隆寺」だもんね。それと金木犀がいい香りを漂わせていました。
という訳で明るい時間帯の大神神社。ご祭神は三輪山という日本最古の神社、とか、日本屈指のパワスポ、という紹介文は沢山あるのだけど、私的には最初に外観にシビれてしまいました。黒と金という渋い配色。同じ配色の灯り。両翼が上に沿っていく屋根の形。どれも感性にびんびんと訴えかけてきます。いろいろな寺社仏閣に行きましたが、悪趣味だったり質素だったり頭でっかちだったりして、でも神社に美的感覚は必要ないよねと思っていたけど、大神神社の渋さはピカイチだー。こんなにかっこいい外観なのにホームページでも全然フィーチャーされてないのはなぜ。この渋い外観にも誰か気付いて~(笑)
ご祭神は三輪山と書きましたが、正しくはオオモノヌシノカミ。妻モモソヒメは、夜しか現れない夫オオモノヌシの姿を見たいと願いました。すると願いを聞き入れた大神は、姿を見ても決して驚いてはいけないと言いますが、現れた蛇に驚いた姫は叫んでしまいます。麗しい青年へ姿を変えた大神は、叫んだ姫を責めもう二度と会えないと三輪山へ飛んで行ってしまいました。悔いた姫は箸で女陰を突いて絶命してしまいます。という悲恋物語があり、三輪山に行った大神を祀っているのだそうです。
靍の恩返しもそうだけど、やっぱり驚いてしまうと思うのよね。傷つける意図がないのに相手を傷つけた・怒らせたという自責の念は想像に容易い。だから、個人的にはモモソヒメの魂を鎮めてあげてほしいと思ってしまいます。
個人的には夫が白蛇だと分かったらめっちゃ楽しいし嬉しいんですけど(笑)。人外ってロマンあるなーって。なんて書くと神社フリークの方々に大目玉かな。でも、神様だからって必要以上にへりくだったりする必要ないって思うのよね。私たち人類だって、肉体スーツを来てるけど神性は内在しているから、潜在意識レベルでは上も下もないと思うのよね。ただそのレベルになると、めっちゃ敬意を払いあう関係性なんだろうなとは思います。
大神神社の上には内社として荒魂(あらみたま)を祀る狭井神社(さいじんじゃ)があります。その奥にはご神水を飲める場所があります。日本屈指のパワースポットの水だけに「くれくれ、もっとくれ」という荒いエネルギーが充満していたので、せめて感謝をと祈りました。
周囲の恵みに気付こうともせず、自分を満たすのは誰かや何かや神様だと思いこみ、自分が満たされないのは誰かのせい、と責任転嫁する心のありようは、底なしの瓶のよう。底なしの瓶に何を何杯そそごうが満タンになることはありません。まず自分で自分を満たすという努力をしなければ、どんなにありがたいご神水も無駄というもの。ご神体への入山を許可され、ご神水を口に出来るという奇跡に感謝をすると、有限資源である水が他の参拝者の方へあまねくゆきわたるようにと願うようになり、独り占めしようなどとは思えなくなります。
三輪駅の駅前にある可愛らしいカフェは「三輪座」さん。日本酒アイスクリームにも心ひかれるものがありましたが、冷たい甘酒をいただきました。ここのにゃんこが人懐こくて、「にゃ~おいで~」と呼びかけると「にゃ~♡」と言いながら出てきてくれます。存分にもふもふナデナデさせてもらいましたー♡
4,橿原神宮(かしはらじんぐう)
ご祭神はカムヤマトイワレヒコさん(後の神武天皇)。建立はたしか明治頃だったはずなのだけど、その広々とした敷地や穏やかな空気感に、私は飛鳥時代の風景を重ね、砂利の上を木靴でぽくぽくと歩く神官さんたちが見えるような気がしました。
このシンプルながら雄大な屋根、とってもいいな。ひろーい境内にシンプルな建物が建ってるありようは、なぜか天界を連想させます。明治という近代の建物なのに、いにしえの時代や天界を感じさせるのは、平和な空気が満ちているからでしょうか。
私は、参拝するといつも、ご祭神から私へのメッセージとしておみくじを引かせてもらうのだけど、今回どこの神社のおみくじも不思議と同じようなメッセージで、
『今までの悪かりし運も開け栄ゆるなり
春の日の暖かに和らぎ 花咲き匂う如く』
橿原神宮でこのメッセージを見たときは「ついに終わり、弥栄の世が来るんだな」と感激して涙が止まらなくなりました。弥栄の世が来るというか、私自身の心が180度平穏になってきていることを感じるのです。それに伴って喜び事もどんどんやってくるので、ここ最近は感謝の涙、感激の涙を流すことが100倍くらいに増えました(笑)。これからは、自分自身を愛し慈しみながら生きることに専念していきたいな。
さて、いよいよ次は長谷寺の観音様に会いにいきますよ
5,長谷寺
真言宗豊山派の総本山。私的には超有名なお寺で、「いつかはクラウン」的な位置づけなんだけど、長谷寺駅はこんな感じの閑散としたところです。ここから徒歩で20~30分と言われますが、アップダウンが激しいので覚悟の上で臨みたいところ(大げさ)
駅自体が割と高いところにあり、駅からずどーんと下ったあと、またがごーんと登ってやっと長谷寺に到着します。
アップダウンを攻略してやっと長谷寺に到着しても、君よ油断するなかれ。登廊399段が待っておりますよ(笑)。一段一段は低く、大人だと一歩半くらいの幅に設定されている理由は、攻め込まれたときに歩きにくくする為だそう。ちなみに私の歩幅だとめっちゃぴったりでした(誰ですか足が短いとか言う人はw)
夢に出てきた観音菩薩さまが特別に間近で見られ、足に触ることもできるんだって!ラッキー!
そんな軽いノリで長谷寺に足を踏み入れましたが、いざ目の前にしたら、癒しのエネルギーが爆風となっていて私は身動きができなくなってしまいました。後ろに並んでる人が一人か二人いたのは重々分かっていたけど動けない!腕に止まった蚊に扇風機を当てると逃げられなくなると言うけど、まさしくソレ状態。
夫が「足に触らせてもらえ」と勧めてくれるけど動かないし、そもそも私ごときが触れてええのん?触れたら爆風で粉々になるんちゃうの(波動砲かw)?観音様を仰ぎ見れば涙が滝のようにざーざーと湧いてくるしで、軽くパニくった~。
日本全国津々浦々の遍く一切を照らすエネルギーの起点はこんなに爆風だった。それを観音様はおひとりでやってのける。観音菩薩様のその迷いのない覚悟、潔いお姿に、私も霊的な癒し手の端くれとして深く感銘を受けました。迷ったり引っ込んでるんやない、大事なのは愛や、と教えてもらった気がしました。
堂の中には我がヒーロー空海様も鎮座しておりましたが、あの生体反応・・・というか生きてるように見える・・・なんなら小さいおじさんに会ってしまったような感覚なのは・・・やっぱり生きてるからなんだろうかー!?今まで伝説のヒーローと思っていただけに、あの生命感にはビビりました。んーなんというか、生きていてほしいというみんなの願いがそうさせているのか~?
もう少し経てばモミジが真っ赤に染まり、その紅が床に映る。それを「ユカモミジ」というらしく、新緑の頃は「ユカミドリ」だそうです。今回は時期をはずしていたけれど、美しい対比の写真が撮れて満足です!
駅から長谷寺へ向かう途中にあったお食事処「長谷路」。古民家カフェのような感じでこじんまりとしたお洒落なお店です。
6,熱田神宮
天皇即位の儀に際して、三種の神器のひとつ草薙の剣が祀られている熱田神宮でも祭礼が行われていました。祭礼中の撮影は禁止されていたため、お写真がありませぬ
皇室の即位の礼が行われている東京は雨模様で、祭礼のときだけ雨が止んで虹がでていたと言われてますね。天候も祝福する皇室。一方、名古屋では気持ちよい快晴で、揺れる木漏れ日が祝福の歌を歌っているようでした。
父に認められ愛をもらいたいがために、一生を戦いに捧げたヤマトタケル。山の神イノシシに負け深手を負い、最後は白鳥となって天に還っていったそうですが、ヤマトタケル物語には、子の心がひたすらに親の愛を求める健気さが読み取れます。日本武尊のみならず、親の愛をもらえず天に還るしかなかった御霊が安らかであることを祈らずにいられません。
7,オマケ